2011年6月23日木曜日

防災講座


 6月22日、今月の支部会は市の防災交通課、防災専門官を講師に招き「東日本大震災の状況と教訓」と題して講義をお願いいたしました。「災害は忘れたころにやって来る」と昔からのことわざにありますが、東北では中越沖地震をはじめ、ここ数年の間に大きな被害をもたらした震災が続いていたこともあり、東北の各地も防災対策には日頃から力を注いでいた矢先でもありました。想像をはるかに超えた地震と津波。想定外という言葉が頻繁に使われましたが、巨大な自然の力の前に小さな人間の驕った姿。想定外ではなく想像力がなかったということではないのか。防災官はまず自分の命を守る事前の対策を強調して、家屋の耐震、最低3日の食料の備蓄など身の回りの家具などに潰されない様にする対策など自助を訴えておられました。時間の関係で質疑の時間が取れなかったことをお詫びいたします。防災に関しては市の防災交通課でも直接相談を受け付けておりますのでお問い合わせください。この度の大震災によって私たちがこれまで以上に防災意識が高まり、自助、共助についてもあらためて考え直す大切な機会だと思います。

2011年6月21日火曜日

小学校に扇風機設置

 6月21日午前中に議運があり会派で打ち合わせ。梅雨の晴れ間の蒸し風呂状態です。
午後から北小学校に扇風機の取り付け状況を視察して参りました。
昨年の猛暑をうけて全国の小中学校で扇風機の設置が大きく進みました。北名古屋市では平成18年9月に塩木議員が初めて一般質問をし、本年度やっと全校に設置が実現しました。今月中には設置工事が完了します。子どもは体が小さい上に体温が高く、熱中症に掛かりやすいので早期の設置が望まれていました。児童生徒、先生方も少しは快適に、安心してこの夏を迎えられそうですね。

2011年6月20日月曜日

通学路の事故

 今日もじめじめとはっきりしないお天気です。
週の始まりにまたも通学路の事故が発生しました。茨城県古河市上大野の市道で集団登校中だった市立上大野小学校の児童5人の列に乗用車が突っ込み、4人が怪我をしました。写真を見ると片側1斜線で狭い道幅、路側帯がどうでしょうか、1メートルあるでしょうか?ここを通学路として集団登下校をさせているのでしょうか?詳しく現場を見ていないので断定できませんが、これではあまりに酷いと言わざるを得ません。当然事故を起こした運転者は責任がありますが、安全対策は十分に成されていたのか?しっかりと検証していただきたい。私は6月議会で「歩道整備と安全対策」について質問いたしました。
4月18日に栃木県鹿沼市で登校中の6人が死亡したクレーン車事故発生を受けて、通学路のカラー化でより一層の安全対策を訴えました。そんなのこともあり、通学路の事故は他人事とは思えません。運転手は居眠りだったと供述しているそうですが、十分な安全対策がなされていればこのような事故は防げてのではないかと思われます。一刻も早い対策をお願いしたいものです。

避難訓練

 6月19日は地元グリーンシティ自治会の避難訓練が行われ、私も住人のひとりとして参加しました。東日本大震災から3ヶ月が過ぎましたが、東海・南海・東南海連動型地震が東北地方太平洋地震に誘発される可能性をはらんでいるとも言われている中、防災意識の高まりもあって、多くの住人の方々が参加され、災害時要援護者、負傷者等の救助方法について市の交通防災課の方、防災ボランティアの方から実演を交えながら、指導を受けました。グリーンシティは4棟で約650世帯が暮らす市内でも有数の高層マンションで、災害時の避難誘導と救助は自治会にとって大きな課題でもあります。災害時にまず自分の身を守る具体的な対策がなされているか、そして誰が誰を助けるのか、この自助と共助の重要性を訴えながら、具体的な対策を立てていかなければなりません。高齢化が進む中で、孤立する事がないよう個人情報等の問題を超えた支え合いの地域自治の在り方を模索しています。高齢化の一方で若い世代も育ってきていますので、発想を転換して思い切った改善も可能になってきたとの自治会長の言葉が印象的でした。私も住人として尽力して参ります。
 

2011年6月12日日曜日

東日本大震災復興応援コンサート

 東日本大震災の発生から3ヶ月が経過しました。現在もなお約9万人の方々が過酷な避難生活を余儀なくされています。また多くの方々が苦境の中で過ごされています。心よりお見舞い申し上げます。6月12日この日は東日本大震災復興応援コンサートSpirit of Percussion と題された世界的パーカッショニスト加藤訓子(かとうくにこ)さんのリサイタルが北名古屋市文化勤労会館で行われました。
スピリットオブパーカッション。魂の打楽器と訳すのでしょうか、約二時間があっという間に過ぎて久しぶりに感動したリサイタルでした。被災地に届けとの正に魂のこもった演奏は小柄な体からは想像を超えるエネルギーが発せられ会場全体を包み込んで一つになっていました。
最後の挨拶では被災地への思いに涙する彼女の演奏者としての使命感につい私も胸が熱くなりました。
主催 北名古屋市教育委員会、愛知県教育委員会、(公財)三井住友海上文化財団
加藤訓子さんオフィシャルHPはhttp://www.kuniko-kato.net/home/home.html

2011年6月6日月曜日

生活、子どもの健康守れ

 公明党は東日本大震災における復旧・復興に関する提言3として「公明党東日本大震災復旧復興ビジョン」を5月26日首相官邸に申し入れました。詳しい内容はトップページからPDF書類でダウンロードできます。
http://www.komei.or.jp/
本日のタイトルは公明新聞の一面からです。
 先の内閣不信任案提出から否決を受けて、地域の皆さんからは「こんな大変なときに政争なんて」と苦言をいただきます。本日公明新聞「北斗七星」から引用しますと、民主党政権発足以来、「普天間基地の県外移設」「予算組み替えで20兆円捻出」「年金制度の抜本改革」などで看板倒れの連続。”看板娘”だったはずの女性閣僚は、節電担当になった途端に光が当たらなくなった。挙句の果ての内輪もめ。その最大の責任は党代表も務める菅首相にある。大震災という非常時、公明党も復旧・復興のため政府への協力は惜しまない。それでも不信任案を提出せざるを得なかった。首相の対応があまりに遅く無責任だったからだ。いまだに10万人近くが避難生活を送っている。首相は「お盆までに希望者全員を仮設住宅入れる」と断言した。しかし、住宅の完成自体が間に合いそうにない。これ以上、国民を「化かす」ことは許されない。---とありました。
国民の生活、利益を守れない権力者をそのまま放置してはおけない。国民の負託に応えなければならない国会議員の責務です。どうかご理解お願いします。
 東京電力福島第一原子力発電所の放射能被害が広がる中、公明党の対策本部は現地で合同対策会議を開き、子どもの放射能被害に対する政府の対応に関しては学校校庭の表土や高い放射線量が認められる通学路の対策など「自治体丸投げ」の対応ではなく国として早急に方針を決定し対策に当たるべきとの意見は、当然のことだと思います。公明党は現地での様々な対策の要望を受けて政府に提言していくとしています。福島の子どもたちは校庭に出ることもできず窓を締め切った状態で授業を受けています。国が定める基準値を下回る9.2ミリシーベルトを独自に試算しているとしても目標である1ミリシーベルトには程遠いのです。兎に角、一刻も早い収束を計らなければならない。

2011年6月3日金曜日

内閣不信任案あれは何だったのか

 さていよいよ内閣不信任案が通過するのかとそんな空気が流れていたのが一気に変わってしまったのは午前中に行われた民主党の代議士会。鳩山さんあんた賛成じゃなかったのか・・・愕然というか呆れてものが言えないというか。仕方ないからそれぞれの討論を聞くも、正直口惜しかったです。
それにしても鳩山さんは人が良すぎるのではないか?6月中に首相は退陣しますなどと思い込みで言っているようなインタビューの言葉に笑うしかありませんでした。翌朝の朝日は一面で「首相、辞任年明け示唆」。
すっかり騙されたのか、誤魔化されたのか鳩山さん。否決された途端に辞めるなんて言ってねーよって、手の平を返す首相。こんな人に今の国難を任せていられますか皆さん。今朝はそんな思いで西春駅東口に立ちました。因みに撮影は塩木議員にお願いしました。北名古屋公明市議3人力を合わせて声を出して参ります。

街角の危険箇所

 写真は西春小学校の北側。自転車の「急ブレーキ音が毎日のように響いてるんですよ、本当に危なくて」というご近所の方の声を伺ってきました。東側は通学路で左側に白線が有り、殆どの方はそこを通行します。もう一方北側の道は右へ曲がろうとする人の殆どが右側通行で東側の通学路白線へ向かっていきます。当然のごとく写真中央付近で衝突というわけです。自転車とはいえ、最悪死亡事故にもつながりかねません。信号などの整備された交差点ではありませんので、歩行者があるいは自転車がルールを守って事故にならないように気を付けることが第一ですが、事故が起こりにくい道路環境を早急に整えていただくように担当課にお願いしてきました。早速飛び出し注意の立看板を付けていただきました。また教頭先生に無理を言ってフェンスの角の植木を剪定して見通しを良くしていただけました。ありがとうございました。これで少し様子を見てみたいと思います。